はじめての患者さん
川崎市社会復帰医療センターで初めて担当した患者さんは今でも忘れられない。
とてもきれいな女性だったな。
真っ白な顔をしてベッドに横たわり、ピクリとも動かない。
もちろん、名前を聞いても返事はないし、表情もない。
何か別の世界に行っていて、人間を忘れてしまったかのよう…
苦しさも訴える力もすべてない
…どうやってこの人とコミュニケーションとろう…
彼女の心を揺り動かしたい…できれば笑わせたい…だって、生きているんだもの。
毎日毎日、病棟に通った。何を言っても、うんでもない、すんでもない。
くすぐっても、さすっても植物のようだし、反応がない。
しょうがなく自分の話をした…
「わたしさあ、好きな人がいてさ、ふられちゃってさぁ、私の好きなタイプは……ねえ、どう思う?」
毎日毎日、彼女に語りかけた。反応はなかったけど、しっかり聞いている感じがあった。
何日か過ぎて、大好きなクレパスを病棟に持ち込んだ。
「絵描く?」
もちろん、手は動かさない。
「あたしさあ、この色すきでさぁ」
自分で絵を描いてみた。
彼女は目で追っている。
…あ、関心を持ってくれている…
「クレパスで、私は赤が好きだけど、あなたはどの色好き?指さして」
なが~い沈黙の後、彼女はそっと手を動かし黄色のクレパスを指さした。
どんなにうれしかったか、わかる? 感動!
「そう、黄色が好き? 黄色がすきなの?」私は叫んだ。
あぁ、関係が取・れ・たぁ~!
さらに、彼女を笑わせたくて、クレパスを鼻の穴に入れた。
笑ってくれない。
ぽとっ(それは全く偶然だったけど)…鼻の穴からクレパスが落ちた…
ふっ、と彼女が笑った。
やった! なんて幸せ
彼女はゆっくりうなづくようになった。イエスだ!
首を横に振る。ノーだ!
そして私が描いた絵に、彼女が続けて描く。
それから、少しすると、彼女はなぐり描きを自分から始めた。
彼女の口から言葉は聞けなかったけれど、彼女が喜んでいることがわかった。そして、悲しんでいること、辛いことも感じ取れるようになった。
これが、初めての職場、初めて絵を通して関係性をつけることができたケース。
今でも、彼女の笑顔を思い出す。